コラム

[2010/01/04] 第18回 ちょっとイイ話…幸福とは

一年程前、心温まるイイ話を求めて書店へ足を運んだことがある。何冊か手にした中に「金銭・利益以外の価値、それが何なのかを示す…」と帯に書かれているものがあった。筆者が日本全国にある会社を訪問して調査した中から五社を取り上げ、それぞれの会社のすばらしいところを紹介している内容のものであった。これはイイかもしれないと思い購入し、何ヶ月かかけて読み終えた。先日、別の書店で同じ書籍を目にしたが、帯に書かれている内容が“鳩山首相が所信表明演説で感動したと紹介したチョークの会社のエピソードを収録している”といった文言に変わっていた。自宅に帰り、首相官邸のホームページを確認すると「平成21年10月20日、鳩山総理が日本理化学工業株式会社川崎工場を視察」と載っていた。書籍を読んで感動しただけではなく、視察に訪れていたとは知らなかった。

この会社は昭和12年に設立され、主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造している会社だ。50年ほど前から障害者を雇用している。昭和34年、養護学校の教諭が訪ね、卒業予定の障害を持つ二人の女子生徒を採用してほしいと依頼したのがきっかけである。その教諭は断られても何度も訪問したが、先方を苦しませていると思い採用の依頼をあきらめ、就職が無理なら、せめて働く体験だけでもさせてほしいとお願いした。そして、一週間だけの就業体験が実現。最終日の前日、十数人の全社員が社長(当時は専務)に正社員として採用するよう申し出て、「もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーしますから」と訴えた。社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで幸せそうな顔をして一生懸命働いていたそうだ。そして、社員たちの総意に応えるべく社長は二人の採用を決意。採用後はじめの頃は苦労の連続で、一人ひとりの能力に応じた作業のやり方を考え出し、それを実践するようになったという。たとえば、機械を何分動かすかということは稼働時間をはかって砂時計をつくり、ひと目でわかるようにする。「スイッチを入れたら砂時計をひっくり返して、砂が全部落ちたら機械を止めるんだよ」と伝えれば、そのとおりにやれる。

身体障害者雇用促進法が制定されたのは昭和35年。企業に障害者の法定雇用率の達成が義務づけられたのは昭和51年。このときは身体障害者が対象で、知的障害者が対象となったのはそれから11年後の昭和62年である。障害者の法定雇用率を達成できない企業は納付金を徴収される。日本全国で約 6割の企業がこの納付金を払っている。この会社では障害者の法定雇用率の達成が義務づけられる前から障害者の雇用を始めている。さらに従業員の約 7割が障害者だというのだから、いかにこの会社がすごいかがわかる。
この会社の他に紹介されている四社を含めた五つの会社に共通していることは何十年もの間、会社を存続していることである。昭和33年創業で48年間増収増益、昭和22年創業で40年以上に渡って増収増益を続けている等々。増収増益を続けていることはすごいことだが、それ以前に長きに渡り会社を存続していることはすばらしいことである。どの会社も創業当初は苦労の連続だったようだが、その状況においても小さなことを続けて行き、大事業を成し遂げられるまでに成長したのだろう。「継続は力なり」といったところか。

前述の社長には一つだけわからないことがあった。どう考えても、会社で毎日働くより施設でゆっくり暮らしたほうが幸せではないかと。ある法事の席でこの疑問をお坊さんに尋ねてみたところ、お坊さんは次のように答えたそうだ。「幸福とは、人に愛されること、人に褒められること、人の役にたつこと、人に必要とされること。人に愛されることは施設で暮らしていても得られるが、他の三つは働くことによって得られる」と。 これが働くことの原点なのかもしれない。 <M.K>


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