コラム

[2012/08/06] 第49回 失敗の本質

飛行機

毎朝、新聞に目を通すように心掛けている。以前はニュースサイトを閲覧していたが、数年前から新聞に切り替えた。紙面から伝わる情報のほうが、より鮮明に記憶に残り、理解も自然と深まるからだ。

ニュース記事以外に、新刊広告を見ることも楽しみのひとつ。最近では、『「超」入門 失敗の本質』(鈴木博毅・著)というタイトルが目に留まった。30年前の名著『失敗の本質』の解説本である。


『失敗の本質』は、太平洋戦争における日本軍の組織的な失敗を分析したロングセラー。その解説本は、ここ数年の日本社会の閉塞感が太平洋戦争末期の状況と酷似していることに着目し、日本軍と現代日本に共通する問題を解説している。

日本軍が本格的に戦線拡大を開始したのは1937年の日中戦争。5年後の1942年には、領地を東南アジアからインド、太平洋各所、オーストラリア周辺まで遠路拡大した。しかし、その3年後には日本の歴史上最大の敗戦を迎える。破竹の快進撃から一転して敗北に追い込まれた。

なぜ「日本型思考」は変化に対応できないのか?

解説本では、『失敗の本質』から学ぶ敗戦の理由として、次の7つの視点を挙げている。

  【戦略性】、【思考法】、【イノベーション】、【型の伝承】、【組織運営】、
  【リーダーシップ】、【メンタリティ】

国力(物量や技術力)の差も大きな敗因の1つだが、失敗の本質ではない。真の要因は、日本的な思考方法や日本人特有の組織論にあると指摘している。筆者が特に注目したのは、日本的な思考方法に関する4つの視点である。

【戦略性】
戦略が明確であれば目標達成を加速させる効果を生み、逆に曖昧ならば混乱と敗北を生む。大局的な戦略を持たない日本軍が駐留した25の島のうち、米軍が上陸占拠したのはわずか8島に過ぎない。米軍は残り17島を重要視していなかった。それらの島を上陸占拠した日本軍は、「目標達成につながらない勝利」に終始し、最終的に敗れてしまう。

【思考法】
日本軍は、超人的な猛訓練・練磨により「驚異的な技能を持つ達人」の養成に力を注いだ。米軍は、まったく逆の発想「達人を不要とするシステム」で日本軍に対抗した。

(米軍の対抗策)
・操縦技能が低いパイロットでも勝てる飛行機の開発
・命中精度を追求しなくても撃墜できる砲弾の開発
・夜間視力が高くなくても、敵を捉えられるレーダーの開発

【イノベーション】
改善を継続することで「小さな変化」を洗練させる日本軍は、「劇的な変化」が苦手である。対する米軍は、既存の戦略を凌駕する新たな指標で戦い、イノベーションを実現した。

イノベーションの代表例として「サッチ・ウィーブ戦法」がある。空中戦における基本戦術のひとつで、今日の空中戦においても受け継がれている戦術である。「サッチ・ウィーブ戦法」におけるイノベーション実現の3つのステップは以下のとおり。

ステップ1: 戦場の勝敗を支配している「既存の指標」を発見する
米軍は無傷の零戦を鹵獲(ろかく:敵の軍用品・兵器などを奪い取ること)し、テスト飛行を繰り返すことで、「旋回性能」という既存の指標を発見する。
ステップ2: 敵が使いこなしている指標を「無効化」する
米軍のF4F(戦闘機)は零戦と対峙したとき、必ず2機編隊を組む。旋回した零戦がF4Fの背後を取った際には、もう一機の味方機が零戦を挟み撃ちにする。この戦術により、零戦の強みである「旋回性能」を封じ込め、「旋回性能」は勝利の要因ではなくなった。
ステップ3: 支配的だった指標を凌駕する「新たな指標」で戦う
一時、零戦の優れた旋回性能が米軍戦闘機を悩ませたが、2機編隊を基本とする「連携性」という新しい指標により、米軍が空戦で優位に立った。

【型の伝承】
日本には型の反復により達人を目指すという思想がある。日本軍は、日露戦争での劇的な勝利から、その成功体験をまるごと再現しようとした。当時なぜ成功したかという「成功の本質」を伝承するのではなく、体験的学習により過去の成功体験を「単なる形式」として伝承してしまった。単なる形式の伝承は、環境が変わり勝敗の条件が変化した時点で、その効力を失ってしまう。

成功への鍵

日本的な思考方法は、良くも悪くも現代の日本に受け継がれている。練磨・改善により技術を追求する文化は、美点のひとつと言える。単なる形式の伝承(経験の伝承)ではなく、「成功の本質」を問い続ける姿勢を貫きたい。

また、現代日本を取り巻く環境は大きく変わり、「既存の指標」が刻々と変化する状況にある。日本人特有の体験的学習(=経験則)だけでは、その変化に対応できない。現時点で支配的に浸透している「既存の指標」を見抜き、対象の中に隠れて存在する「成功の本質」(=戦略となる新たな指標)を発見することが、自らを成功裡に導く鍵となるのではないか。<k.g>


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